広島地方裁判所 昭和24年(行)30号 判決
原告 岡本謙吾
被告 観音村農地委員会
一、主 文
被告が別紙目録記載第一及び第二の各土地について昭和二十四年三月三十一日なした賃借権設定承認の取消処分はこれを取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。
原告はかねてから訴外城元正夫に原告所有の別紙目録記載第三の農地(以下單に第三農地と略称する)を、訴外服部群次に原告所有の別紙目録記載第四の農地(以下單に第四農地と略称する)を小作させていたが、被告委員会ではいわゆる超過買收の目的となる農地をその所有者に選定させていたので、昭和二十二年二月頃原告は同訴外人等に対し同人等がそれぞれ右小作地を買い取ることができるように取り計らつてやるから、代償として、城元所有の別紙目録記載第一の農地(以下單に第一農地と略称する)及び服部所有の別紙目録記載第二の農地(以下單に第二農地と略称する)を、いずれも原告に耕作させて貰いたいと申入れたところ、城元は会社に勤めていて他に耕作できる家族は一人しかおらず人手が足りないので、水利が不便で塩水の流入する惡田である第一農地を耕作するより、良田であつてその上自宅に近い第三農地の賣渡を受けて耕作を続ける方が労力が少くて済むということで又服部はかねてから第二農地より自宅に近い第四農地を買受けて耕作を続けたいと希望していたので、いずれも同年四月初旬頃原告の右申入を任意に承諾した。そこで原告は同月二十四日これらの農地に対する賃借権設定の承認を申請したところ、被告委員会は第一農地については同年五月二十日、農地第八号第二農地については昭和二十三年六月十日農地第六六号を以てそれぞれ承認を與えておきながら、訴外廣島縣知事から前記承認は農地改革を阻害するものとして取消を指令してきたことを理由として、昭和二十四年三月三十一日前記承認を取り消し、該書面は同年四月三日原告に送達された。
然しながら右取消処分はさきになした承認に何等取り消しうべき瑕疵がないのになされたものであり、かりに何等かの瑕疵があつたとしても、右承認は異議申立期間及び縣知事の再議要求期間の経過により既に昭和二十三年六月二十日確定し、もはや取り消し得なくなつてから後に取り消されたものであるから違法たるを免れない。そこで原告は右取消処分の取消を求めるため、本訴に及んだ次第である。(立証省略)
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。
本件賃借権設定の経過が原告主張のような経緯であること及び被告取消処分が違法であることを否認し、その余の原告主張事実を認める。
被告委員会が承認を取消したのは單に知事の指令があつたことを理由とするものではなく再調査の結果、次のような実情で右承認は瑕疵が存在していたのでこれを取り消したのであり、何等違法な点はない。即ち、原告は小作地一町五反余を有する在村地主であり早晩右第三、第四の農地も買收されることを見越し、寧ろ進んで小作人の城元や服部がこれを買い受けることができるように取り計らい、その代償として同人等から第一、第二の農地耕作権を取得する方が得策であるとしてその旨の申入をなし、若し應じなければ買收にかけないようにして從來通り原告の保有地に残した上耕作権を取り上げると申し向け強いてこれを承諾させたものであることが判明し、かような経緯の下に前記承認をしたことは農地改革の精神に反するものとしてさきになした承認を取り消したのである。(立証省略)
三、理 由
原告が訴外城元正夫からその自作地である第一農地、訴外服部群次からもその自作地である第二農地に対しいずれも被告委員会の承認を得て賃借権を取得したところ被告委員会が原告主張のように取消処分をしたことは当事者間に爭がない。
行政処分が不実の申告等によつて爲されたときは、その処分は違法なものとして処分廳自らこれを取り消すことができるがかような違法がなくても、法律上瑕疵ありとしてこれを取り消し得るためにはその処分が公共の福祉を害する如き特別の事由がなければならぬ。被告は本件承認を取り消したのは原告の強要によりなされたものであり、從てさきに承認した賃借権の設定は当事者の自由意思に出たものでないことが判明し、延いては前記承認は今次農地改革の精神に反する瑕疵があると主張するのでこの点につき順次判断する。
(一) 被告代表者田中米藏は服部が原告の強要により止むなく第二農地を原告に賃貸した旨傳聞したと供述しているけれども、これによつても右賃借権の設定が本人の自由意思に出たものでないことの心証は得られないし他に服部や城元についてかような事実を認めるに足る証拠はない。却つて証人同々肇城元正夫服部群次や原告本人の供述及び右田中米藏の本人尋問の結果を綜合すれば、原告は昭和二十一年八月頃、第一農地続きの原告所有土地に製材工場を建築したため、城元正夫所有の右農地が日当りが惡くなつたので気の毒に思い、同人の妻光子に対しこれと原告所有の第三農地とを交換してもよいと話したところ、光子は前者は年に一、二回は海水も入り日当りもよくないのに、後者は日当りもよく耕作に便利なこととてこれに同意したので、原告は早速その手続をとろうとしたところ、当時は未だ交換分合の手続はできないとのことであつたので、そのままとなつていたが、昭和二十二年四月初旬頃正夫が復員するに及んで同人方の同居人訴外佐藤音一を介して再び原告にこの話を持出して來たが依然直接交換は出來ない事情にあつたので、これと同一の結果を得るため原告は城元のため第三農地の超過買收を承諾し、城元は第一農地を取敢えず原告に耕作させ、將來時期を見てその所有権の讓渡手続をすることになり、他方服部も第四農地は居宅のすぐ前にある上に第二農地よりは地力もよいので、これを買收にかけて貰う代りに第二農地を原告に賃貸することとしたことが認められる。從つて本件賃借権の設定契約は強ち原告の強要によつたものでなく、小作人等も自己の利益になることとてこれを承諾したものであつて、同人等の眞意に出たものでないとの被告の主張は到底これを肯認することができない。
(二) 右賃借権の設定により、原告の耕作面積が大きくなる代り、服部や城元はそれだけ耕作面積を失うことになることは明らかであるけれども、前認定のように原告に賃貸した農地は耕作者として余り好ましくないものであり、服部は現在新に耕作しだした農地もあつて專業農家として立ちゆく上に格別の支障のないことは前記田中米藏の供述によつても明かであるし、城元は兼業農家であつて右農地が耕作できなくても少しも差支ないことは、証人城元正夫の証言当事者双方の本人尋問によつてこれをうかがい得るところ、原告本人尋問の結果によれば、原告は製材業等を営んでいる一方五反余りを耕作している農家であることが認められるのでこれらの事実を彼比勘案すれば、本件賃借権設定の承認は農地改革の精神たる自作農創設特別措置法第一條にも違反しないものと解するのが相当である。
その他本件承認に瑕疵があることは被告の主張立証しないところであるから、結局被告委員会のなした取消処分は違法として取消を免れないものと謂うべく、原告の本訴請求は全部正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 三宅芳郎 浅賀栄 幸野国夫)
(目録省略)